「……ね、ねぇ、今グリープちゃんにめっちゃ睨まれてるんだけど俺?」
【死神の眼④】
グリープの視線に気づいたストルナムが、少し声のトーンを落としてメンバーに告げる。
彼にここまでガンつけられる覚えはないのだが、自分は何かしただろうか。
何か会話の流れで彼の癪に障る失言をしたのなら分かるが、今日はまだ会話もしていない。
大体にして彼を見かけるのですら1週間ぶりくらいだ。
それともあれかな、1週間前くらいになにかしたかな、とも思ったが、それもまた覚えがない。
「知るか。大方お前さんが何かやらかしたんだろう」
「身に覚えないよ?!っていうかコスタ酷くない?」
告げた言葉にメンバーから返って来たのはひとつ、身も蓋もない一言だし。
歯に衣着せぬ言葉で一蹴してきたコスタは、どういうわけか総じてストルナムに手厳しい。
冷たくあしらわれることはもう慣れっこだが、それにしたって身に覚えもないことに勝手に決めつけないでほしいところだ。
「たまたま眼つき悪くなってるだけじゃないかい?今朝、寝不足だって言ってたし」
「あぁ、さっきも言ってた。しばらく寝てないんだってよ」
それにフォローをしたのはぺルヴィスだった。フォローと言ってもストルナムへのフォローではなくてグリープに対するフォローであるところが彼女らしい。
それにヘドも繋げる。なるほど二人がいうのなら、寝不足で半目になっているだけなのかもしれない。それにしたって自分のほうをガン見しすぎなような気はするが。
それともあれか、そんなに自分は良く寝ていそうな顔でもしていたか。
「な、ならいいんだけどさ……ちょっと声かけといた方がいいかな」
「気になるならそうしておけ」
そういえば挨拶をしていない。一応見かけたときに軽く手は振っておいたが、ちょうど目的であったヘドが先にこちらにきてしまったので、先にいた二人、グリープとインギールに声をかけ逃している。
ヘドがその前に二人と会話していたのだろうから、会話の相手をとってしまった感じにはなっただろうか。
そこまで気にするタイプではないと思うが、失礼は失礼だったかもしれない。
そう思ってもう一度横目でそちらを見ると、いつの間にか視線は外れてその二人は二人で各自話をしていた。
「ほら、やっぱり気のせいだったんじゃないのかい」
「うーん、そっか……」
気のせい、ならそれはそれでいいのだが。
死神に恨まれたとあったら、別になんだというわけでもないのだろうがなんとなくぞっとしないものがある。
何でもないならそれに越したことはないのだが、会話のながれで別の意味で少し気になったか、ヘドがもう一度グリープを見た。
「けど確かにちょっと今日変なんだよな、体調悪そうだし」
「ほぅ?」
その言葉に意外そうに顔をあげたのは今まで何も言わずにこちらのやり取りを見送っていたバーテブラだった。
もっとも、意外に思ったのは彼だけではない。ストルナムも先ほどのヘドの台詞には少し驚いた。
何が驚いたかって、彼が他人の体調の変化に気づけたというところだ。
こう言ってはなんだが、このリーダー、割と気合論者である。根性論、とも言うべきか、とりあえずなんでも気合いがあればなんとかなると思っているところがあり、体調が悪かろうがなんだろうがノリに乗って歌でも歌えば大丈夫だとか、そういうわけのわからないことを本気で言ってのける。
座右の銘は「病は気から」なのかもしれない。
リーダーとして周りを引っ張っていくという点では大事な要素かもしれないが、だが実際体調が悪い時には正直何を言っているんだコイツである。
故に他人の体調の都合など基本的にはおかまいなしなのだ。何せ自分の体調がおかまいなしだ。
一度自分で熱を出しているときに、構わず気合いで練習に来て、そのままコスタにうつしたことがある。それが原因だかなんだかで、マジギレされて結果殴り合いのケンカにまで発展したことがある。
しかもそのままヘドはあろうことか体調が悪かったであろうコスタに対して、お構いなしに全力でやりあって完膚なきまでにのしてしまったのだからそれはもう、その後の二人の関係は推して知るべしである。
基本的にストルナムは我関せずだったし、バーテブラの説得もどこ吹く風で、最終的にいつまでも喧嘩していることをぺルヴィスに、むちゃくちゃ怒られて仲直りした。あの時のぺルヴィスは恐かった。あのコスタですら何も言わずに両成敗に応じたのだから。
とまぁそんな彼が他人の不調に気付けるとは、これはもしかして大いなる進歩ではないか?
「ヘドは本当にグリープちゃんが好きだねぇ?」
「あ?なんでそうなるんだよ」
そんな、ある意味ただしょっぱいだけの回想とともにストルナムがそういうと、当の本人はどこ吹く風で意外そうに疑問符を浮かべる。
本人は気付いていないかもしれないが、彼はこれで結構、丸くなったと思う。
これを言うと最近の知り合いには意外がられるが、ヘドにとって「悪魔以外の友人」というやつは多分あのグリープが初めてだ。もともと人見知りをしない性格から、友人知人は多かった方だが、ここにくるまでこのかた「悪魔」意外の種族と友人になったことはない。まぁ、ヘドに限ったことではないのだが。
それを考えれば、周りが悪魔ばかりであの性格も頷ける。かと思ったが否、悪魔としても特殊と言えば特殊かもしれない。
彼とグリープが仲良くなったのは、最初は物珍しさだったのかもしれない。声をかけたのは多分ヘドが先だろう。物珍しい中でも一番身近だったのか、まぁ、たしかに雰囲気的には死神と悪魔というやつは似ている。属する雰囲気とかが。だから仲良くなりやすかったのだろう。
実際は死神といったら悪魔からしたらとんでもない上位種のはずなのだが、グリープが若いというのもあるのか不思議と彼らは気にしていない。
種族の優劣で言ったら、正しい表現は「グリープにヘドが気にいってもらえた」という表現が本当は正しいのだろうが、どういうわけか、彼らはどちらかというと「ヘドがグリープに声をかけてくれた」というスタンスになっている。まぁそういう確執がないのはいいことだろう。
悪魔に比べて、死神と言う奴は全体的に小柄である。というか、とにかく「細い」というイメージが強い。
もっとも、悪魔も体格的にはピンキリだ、だが、ヘドあたりはどちらかというと肉体派の悪魔になるから、体格のいい部類に入る。余談になるが、角が2本の悪魔は比較的肉体派、1本の悪魔は割と頭脳派、3本以上は特殊系という、それとない悪魔内のカテゴリが存在する。あまり知られていないし、例外も存在はするが。
ただ、何にしても、その頭脳よりの悪魔と比べても、死神と言う奴は、総じて線が細くて、血色が悪い。それに加えグリープとやらは、個体的にも小柄、というか中性的な方だろう。
何せ最初ストルナムがヘドの紹介で彼に会った時、ヘドが新天地そうそう彼女を作ったのかと思って、それはもう、それはもう驚いたものだ。あのロック一本だった男がいきなり女にうつつをぬかすなど、否、驚いたというレベルではない。いつ槍がふってくるのかとびくびくしたほどだ。もっとも実際は男だったわけだが。
とまぁそういう流れもあり、ヘドからしたら多分、第一印象としてそれがすごく『脆いもの』に見えたのかもしれない。
だがまぁ実際付き合ってみればわかるが、グリープと言うやつもあれはあれで結構脆さとは無縁だ。それもそうだ、仮にも死神である。さらには彼はとかく最後の踏ん張りがとてつもなく強い。あれは尊敬の部類に入るだろう。
そういうギャップにもヘドは惚れたのかもしれない、変な意味ではなく。
ただやはり、心の底でその第一印象が働いたのだろう。彼の体調の機微に気づけたのは。
悪魔と、あとこのバンドメンバーとはまた違う者と付き合うようになって、なんというか、周りを少し気にするようになった。
本人は無自覚だろうが。
それを思うとストルナムはなんだか少し嬉しかった。
彼の見る世界が広がることは、きっといいことだ。寂しさがまったくないと言えば嘘になるが。親心に近いものがあるのだろうか。それと同時に自分も置いていかれるわけにはいかないなと思う。
「けど大丈夫なのかい?グリープちゃん、寝てないって」
「そうだな、5日寝てないって」
「……いやいやいや、まずくない?!」
前言撤回。
5日寝ていないというのをさらりと言ってしまえるのは、全然他人のことを気にせていないかもしれない。
普通に考えて寝ないでいられるのは3日が限界だろう。彼らとて曲作りに追われたら寝ないこともあるが、それでも3日を超えたあたりで意識がおかしくなる。
5徹でクエストに行ってここにいるなど、それこそ正気でいられるとは思えないが。
「あぁ、そうか。死神っていう奴は確か睡眠が必要ねぇんだよな」
ただ、その疑問に答えを出したのは、意外にもバーテブラだった。
ストルナムの頭越しにグリープの方を見ながらひとりごとのように呟いた。
「へぇ、そうなんだ?」
「ああ、確か生命維持には問題なかったはずだぞ。その気になれば一ヶ月くらい不眠で働けるって」
「ふぅん、なら、まぁ、平気なのかな……」
「けど疲れてはいそうだよな、羽のつやが悪い。魔力が減るとあいつらは一番に羽に出る」
「へぇ」
「っていうか、死神が体調に出るほど忙しいって、その死人の量は、ふつうにやばいと思うんだがな」
「何だいバーテブラ、妙に詳しいね」
さらりと死神についての知識を披露するドラマーに、ぺルヴィスがもっともな疑問を投げかける。
死神についての知識は各々あるが、羽がどうこうとかになってくると、さすがにそこまで細かい事情は初耳である。
「あー、まぁな」
煮え切らない返事をするバーテブラ本人をちらりと横で見て、コスタが指の腹で眼鏡をひとつ押し上げた。
「なんだ知らんのか、コイツの元カノ、死神だぞ」
しばしの沈黙。
「……え」
「え?」
と。
「「「ええええええええええええええええええええええええええええええ?!?!??!」」」
あまりの声に公園の木に止まっていた野鳥も一斉に飛び立った。
びくんと。少し離れたところにいたインギールとグリープもその声に驚いたようにこちらを見る。
「…………冗談だ」
そしてさらにさらりと告げられる訂正文。
しかしあまりにも当然のように言われたので、戸惑ったのはヘド以下3名。と、当のバーテブラ本人。
「え?えぇ?どっち?」
「いやまぁ、知り合いにいたんだよ、彼女とかそういうんじゃねぇから。コスタも適当なこと言ってんじゃねぇよ」
「すまん」
「悪いと思ってないねそれ?!」
「そ、そう、なの?そうなんだ?へぇ?」
「そして信じてないね君たち?!」
「え、……どこまでいったの?」
「おともだちまでです!!」
「え、片思い?」
「だからそういうんじゃ……、あぁもう!!」
ぎゃあぎゃあと、騒然とする一同を尻目に地雷を放ったコスタはというと、我関せずとばかりにあくまでマイペースに視線をそらす。
まぁそうは言ったがコスタとて別に詳しいわけではないし事実を知っているわけでもない。だが前に何かで見知らぬ死神らしき者と、このドラマーがちょっと親しげに話しているのを見かけただけだ。知り合いであるのは事実であろうが、それが恋仲だなんだだったのかまでは知らないし、まぁ、とくに興味もない。
そういう意味のない冗談を時折真顔でぶち込む、そういう奴なだけだった。
そうして西洋の妖怪どもを驚かせてしまったかとひとつ詫びでもと思ってそちらをみたが、そこにいたはずのインギールがいなかった。
「へぇ、面白いこときいちゃった」
「うぉ?!」
にょきりと。バーテブラの背後から生えるように姿を現したインギールに、後ろをとられたバーテブラが肩を震わせる。相変わらず気配を消すのがうまい、というか、視界から消えるのは勘弁してもらいたいものだが。
「バーテブラさん。死神の彼女がいたの?意外だなぁ初耳だなぁ知らなかったなぁ興味あるなぁ」
声を震わせて楽しげに言葉をつなぐ。先ほどまで死神と話をしていたような気がするのだが、どのタイミングで聞いていたのだこの探偵は。恐ろしいほどの地獄耳である。
そして面倒くさい奴に聞かれてしまったとバーテブラは息を吐く。
「だーかーらー。そういうんじゃなくて知り合いなだけだって」
「ふかぁい知り合い?」
「ふ・つ・う・の知り合い!」
「ふぅん?まぁそういうことにしておこうか」
カラカラと笑ってバーテブラから距離をとると、インギールは羽織ったトレンチコートの襟を一度ひく。
見えるはずのないサングラスの奥の眼が、少し、笑った気がした。
「まぁバーテブラさんの元カノが誰なのか調べるのは後にして、差し当たって明日のライブについていくつか知りたいことがあるんだけど、いいかな」
まるで事情聴取でもはじめるかのような口ぶりで、コートのポケットから何やらメモ帳とペンをとりだしくるくると器用に回しながら持ちかえる。
なぜこの探偵がこんなに楽しそうに見えるのか、その理由が分かるものは彼ら悪魔の中にはいなかった。
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