黒いな。
ただそう思った。そういえばこの世界で「黒い人」は見たことがない。
黒い人というと何かしらの揶揄のようだが実のところ事実、黒い髪に黒い服を着て黒いマントをまとった人のことだ。
自分こそ闇の魔導師と言っているが髪は銀だし服は、そういえば漆黒というほど黒くもない。
そういえばこの世界にきてから、黒はあまり着なくなった。何故、というわけでもないが。
多分世界が黒を必要としていないからだ。
「言葉は。話せるか」
シェゾは水晶に移った人物にそれだけ告げた。
一呼吸置いてから返事が返ってくる。話せる、と。
「そうか。よかった」
【よかった】その言葉が自分の口から出たことにシェゾは自分のことながら少し驚いた。
まだ、自分にそういう感情が残っていたのかと。望郷、なのだろうか、この感情は。
気を取り直し再び水晶を見つめて、状況を聞こうかすこし躊躇する。
聞きたいが彼の背後が見えないのが少し気になった。通信用の水晶ではあるが、本来写っている人物と、そのものの周りを映し出すもののはずのそれが、投影しているのは人物だけだった。
そちらに、世界は、あるのか?
彼が自分の傍らに置いた、水晶の向こうにいるのはシェゾの知らない人物ではない。
この世界に飛ぶ前、もといた世界に存在していた人物だ。
魔導学校の卒業生で、アルルの先輩で、魔導幼稚園の血縁者で、幼稚園の試験官で、時々幻影。
交差した世界を渡ることのない、けれど、確かに存在していた、否、存在している、人物。
特別懇意にしているわけではないが、ここで情報の交換をする通信をするのには、適した人物だ。
「そういえば、ついにアルルのドッペルも来たな。此方に」
シェゾは問うのをやめて、ふと思い出した近況をひとつ。
近況と言ってももう少し古い話か、とシェゾは思いながら記憶をめぐらす。
プワープ、と言ったか、この島、この、世界は。
この世界に落ちてからしばらく。もうほとんどの者がこの世界に存在することに慣れてきた。
シェゾ自身も例外ではないが、それでもたまに、前の世界との扉を開いてはいる。
なぜかといわれたら何故かはわからない。ただ、自分に出来るから。それだけだ。
『ふむ、お前のドッペルもそろそろ行けるかな』
「どうだろうな」
言われてもう少し記憶をたどり、思い出せたことに少しだけ安堵する。
大丈夫、まだ、忘れていない。
「そうだな……お前も青い服着たらコッチに来れるかもしれないぞ」
『青?』
「黒は、多分ダメなんだ、俺たちだと手前の世界で弾かれる」
もっとも、お前はそれ以前の問題かもしれないが。
その言葉にガラスの向こうでカミュが笑う。
『俺はいいよ。こっちでラーラに追いかけられるのにも慣れてきた。アルルの様子も聞ける。こうやってたまにお前と話ができる。それこそ贅沢だ』
「なんだそれ口説き文句みたいになってるぞ」
『遠距離恋愛か?冗談はよしてくれ』
「まったくだ」
ひとつふたつ、そうして軽く笑いあってその日の通信は終了する。
世界は、まだあるのだろうか。
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