その存在を否定するつもりはない、それは事実とてもよいことなのだ。
多分彼女がもっているのはそれだろう、ある意味自分には決してない感情であるのかもしれないし、それがあるからこそ自分の愛する彼は彼女を追いかけるのかもしれない。
彼が必要としているのはそれなのかもしれないが、それを自分が持てるかと問われたらきっと持てないのだ。
ただ、それと愛されることは別物なのだと、それもよくわかっていた。
「そりゃ、愛されたいに決まっているわ」
めずらしく。実に珍しく彼女が口を開いた。
口を開いたのが珍しいのではなく、開いた口から洩れた言葉が珍しかった。
シェゾはそれを聞かなかった事にしようかどうしようか少し迷って、とりあえず何も言わない事で話の先を促すことにする。
状況は、正直どういう流れだったか覚えていない。
ただそこにアルルがいて、サタンがいて、自分がいて、彼女がいる。
そういう、いつの間にか普通になっていたその状況で、たまたまあかぷよ帽子の彼女がきて、何か一言二言告げてからアルルを連れていき、どういうわけかそれを追いかけてあの魔王も去っていって、追いかけはぐった自分たちがふたり、取り残されたあたりのことだ。
それ自体は別に珍しくもなんともない、いつものことだった。
はずだ。
相変わらず元気だな、から、なんでアルルがいいのかしら、になり、気がついたらこうなっていた。
別に聞かなかったことにしてもいいのだが、それはそれであとあと面倒なことになりそうなのでシェゾは付き合ってやることにした。
「私はサタン様を追いかけていられればそれで良くて満足できるわけじゃないの、そりゃ振り向いて欲しいには決まっているわ。そうやって追いかけているのだもの、手に入らなくてもいい、無償の愛なんてそんなものを貫きたいわけじゃない」
「それをなんで俺に言うかね」
「……知ってるからよ」
あなたが、この感情に否定的な感情を持っていないこと。
きれいなばかりじゃなくても、軽蔑もしないし呆れもしない。人間の欲望とか欲求にたいしてむしろ肯定的な意見を持っているということ。
むしろ彼は誰よりも貪欲で、むしろその欲というやつを正面からぶつけられるのだからいっそすがすがしい。
こんな醜い感情を、抱いていることを知っても何一つ変わらない顔でそこに立っていることができる、人間だということ。
「よくわからんが」
シェゾが小さく息を吐くとその場を離れて歩き出せば、自然とルルーも付いてくる。
それもそうだ、誰もいなくなった道端に、ぽつんと立っている意味はない。
「そういう感情を持っている方が、よっぽど人間らしくていいんじゃねぇの」
「それは」
「俺はそういう、どうしようもないの嫌いじゃねぇけど」
ほらみろ。
ルルーは、ルルーが、自分でさえ自分が嫌いになりそうなこの感情を、醜いと認めたうえで、あくまで彼は否定せずにいるというのだ。
汚くて醜くてみじめでみっともないこの感情を、そうだと認めたうえで、否定はしないのだ。汚くなんかないよなんて言いもせず汚いまま認めるのだから。
「……なんであなたがサタン様じゃなかったのかしら」
「どうした、らしくねぇな生理前か」
「……デリカシーの欠片もないのね。やっぱりあなたがサタン様じゃなくてよかったわ」
ひとつ。一瞬で冷えた感情。
毒を吐いた彼女にシェゾはやはり表情をひとつも動かさず鼻をならした。
「そうだな、よかったな」
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