遺跡奥までの護衛依頼が成立してさっそく、カミュとシェゾは簡単な準備を整えてから遺跡に向かっていた。
天気は上々、もっとも、遺跡に潜ってしまったら天気もなにもないといわれてしまえばそれまでだ、が、あくまでそれは素人の見方である。外の気温が変われば当然遺跡内にも影響がある。日の光の差さない遺跡であればその分外の気温には注意すべきだ。
「天気、崩れなさそうでよかったな」
そんな空を見上げながらカミュは一言つぶやいた。相手があまり言葉の多い人物であるとは思っていなかったので、別段言葉を発する必要もなかったといえばなかったのだが、さすがに無言は気まずいかと思っての一言。
彼とは今回の護衛のみの付き合いだろうから別に親しくする必要もないのだが、だからといって遺跡の奥まで行くというのにこの空気はいたたまれない。
「ああ」
しかし案の定。彼のほうからの積極的な会話というものはあまり期待できそうになかった。最短とも言えそうな返事で会話を終了させた相手に思わず苦笑がこぼれる。
しかたがないか、そう思ってカミュは視線を空から前方に戻す。
乾いた空にさくさくと響く軽快な足音。
「…おい」
と、カミュが会話を諦めたその時、不意に後ろから声がかけられてカミュは少しだけ驚いて後方のシェゾに視線を移した。すると少し離れたところで顔を下げたシェゾが視線だけでうらめしそうにこちらを見ているのと目があう。
何事かと首をかしげたカミュに、シェゾはやや声を荒げて指をさし、一瞬目をそらしてから一言、告げた。
「もう少し、速度、下げ、ろ」
はた、と。
言われてカミュは歩みを止める。というか、正確には進むのをやめる。一瞬の間、そう告げたシェゾを見て、視線を下げ、自分を見る。
やや息を切らせて膝に手をつけたシェゾがいる。それに対し、カミュは己の杖に腰を下ろし、空中に留まった状態。
そう、遺跡までの道中、徒歩による移動をするシェゾに対し、カミュは移動を杖による飛行で行っているのだ。
カミュの移動は基本的に飛行による。
飛行という移動手段は基本的に徒歩よりはるかに速い。体力も使わないうえ、その便利さの割に魔導力の消費も少ない(媒体の性能にもよるが)。故に重宝して使っているわけだが、今回はそのせいでシェゾとの移動速度に差が出てしまっていたようだ。
カミュはやや後方で息を整えるシェゾを見ながら少し考える。そんなに早く進んでいたつもりはなかった、基本的に速度は相手に合わせることにしているし、今回だっていつもどおり、相手の足音に合わせた速度を。
しかしそこまで考えて気がつく。
カミュは相手の足音に合わせて速度を決めていた。が、普段彼が行動を共にするものといったらアルルやラーラといった年下の魔導少女達である。
彼女らと、今、行動を共にしているシェゾとでは、身長も違えば当然、足の長さも違う。
思いながら改めてシェゾを見てみれば、ただでさえ長身の彼、その腰の高さが、なんというか明らかに平均より高い位置にあることにも気付く。
パッと見でそもそもがアルルらと20㎝以上の差がある、加えて単純な足の長さ。
その彼が彼女たちと同じ足音になる速さなのだから、実はかなりのペースであったことにようやく思い至った。慣れている彼女らと違って彼がその速度で足を動かすことはあまりないだろう。
「あ、あ、悪い」
軽い謝罪とともに改めて彼を見る。
そういえば、黙っていれば非の打ちどころがないとアルルも確かに言っていた。意識してみれば確かに、男の視点から見ても彼の美は完成されていると言えた。
そんなことを思っているとシェゾがようやく顔をあげた。ややうらめしそうな視線を受け、普段のやる気のなさとのギャップに思わず噴き出しそうになるのをすんででこらえる。ここで機嫌を損ねられたらますます話にくくなることだろう。
こらえきれなかった部分は薄い微笑みに変えて、カミュは杖の上で足を組み替えた。
「お前も飛行魔導使えばいいのに」
使えないわけじゃないんだろ?
そう言いながら声をかける。飛行魔導はカミュは園児の時点で習得している。もとより優れた園児ではあったが、それでもそんなに難度の高い魔導ではない。そもそもシェゾの実力があれば習得していないはずはないと思っての一言。
そんな何気ないカミュの言葉に、シェゾは再び歩を進めながら視線だけでカミュを見た。
「……媒体がねぇ」
言われてああと思い至る。飛行魔導は、確かに習得自体は簡単だが、コントロールが他の魔導と比べて精密なものを必要とする。魔導というものは、素手で発動することができるものがほとんどであるが、その魔導の密度のコントロール、簡単にいえば精密さや威力を上げたりするのに、媒体となる魔導具を持つ魔導師がほとんどである。
そして飛行の魔導は、その媒体に非常に左右される魔導だった。
人は単独では飛行が不可能だ。浮遊の魔導を自分にかけてわずかに身体を浮かせ水面など移動することなどはできるが、それに高度や速度をくわえるとなると途端にコントロールが難しくなる。
そこで、通常飛行といえば、媒体となるものに魔導をかけてそれを空に浮かせ、その上に人が乗る、といった方法をとる必要がある。
故に、媒体は人を乗せられるものでなければならない。それが魔女の箒であったり、伝説に出てくるような魔法の絨毯だったり。
カミュが媒体にしているのは人の背丈ほどある魔導杖である。
媒体に使用されるのは魔力のこもったものがほとんどだが、発動した魔導に術者が耐えられるように、体を支えることができるものが愛用されている。
杖をもった魔導師が多いのはひとえにそのためだ。
だからあまり気にしていなかったのだが、この目の前の魔導師が媒体にしているのは一般的な杖とは違う。
「…剣、か」
そう、彼が普段異空間にしまっている闇の剣。彼はそれを媒体としていた。
あの剣はそもそもそれ自体が相当の魔導力を持ち、持主の魔導力すらうまい具合にフォローしている。たしかにあの剣は媒体に適しているものだ。
しかし、さすがにあの剣ひとつでは人の体を支えて飛行することはできず、なにより刃物なんかにまたがろうなんてもっての外だ。
それでは飛行移動はできない。
しかしそこでもうひとつ疑問が生まれる。彼はその闇の剣を通常異空間にしまっている。ならばその異空間にもうひとつ飛行用の媒体でも用意しておけばいいではないか。
何故それをしないのか。それを聞こうとカミュが視線を向けると、シェゾもそのことに思いついたのか、ややきまり悪そうに視線をそらすと、少し歩みのペースを上げてカミュの隣に並んだ。
そして早口で語り出す。
「…空間転移があるから、別に」
「それだって好きな所に行けるわけでもないだろ?」
「いや、このあたりの土地なら大体いけるし」
そもそも、そんなに出歩くこともねぇんだよ、悪いか。
ややきまり悪そうに言いながら、さらに足を速めカミュの前を歩きだしたシェゾの顔を、覗き込むことはさすがにやめておいた。
シェゾの話口通り、彼が飛行を必要とする場面はほとんどなかったのだろう。飛行用のためだけに媒体を用意しておくというのも確かに面倒くさい話であるし。
必要最低限のものしか必要としない性格なのだろう、らしいといえばらしいとも思えた。
たとえば、もしもここにいるのがアルルやラーラなどといったアウトドアな彼女たちだったならば、その「あまり出歩かないから移動用の杖を持たない」という思考は理解しがたいことだろう。すでにシェゾの扱いに手慣れているようなアルルなどに、引きこもりだとなんだといわれている姿が目に浮かんだ。
しかしカミュはどちらかというと研究タイプの魔導師だ。彼も行く場所というものが大体決まっている身のため、なんとなく彼の言い分も理解できないこともない。
まぁ、人柄の問題ではあるかもしれないが、少しかわいそうな気もしないではない。そのため、カミュは特別からかうのはやめておく、所詮同類なわけだし。
しかしおかげでまた会話の内容が途切れてしまった。
どうしたものかと少し考えながらシェゾの後ろをついていく。そして少し速度を上げてもう一度彼の隣に並ぶ。
「あー、のさ」
「……」
乗せようか?
そう言いかけて、いろいろな問題にいきついてやめる。するとシェゾの方もその考えに至ったか、歩きながら口を開く。
「乗せろってわけにもいかねぇしな」
「ああ、それに俺あんまり二人乗りうまくないし」
「いや、それ以前に男二人で乗るのもなんか格好悪いだろ」
「それは思った」
シェゾが息を吐いて空を見上げる、つられてカミュも良く透き通った空に視線を移す。青い色が二人の瞳に無情に写りこんだ。
思わずでそうになる溜息をのみこんで、カミュはとりあえず笑顔を浮かべた。
「ま、そんなに遠くないからゆっくり行こう、アレクド遺跡」
ぴたり。
しかしその言葉に対してシェゾが歩みを止めた。
「…シェゾ?」
何事かと思い振り返ったカミュがみたのは、無表情をかたどったシェゾの顔。否、良く見るとその右ほほがややひくついているような気がする。
何か、まずいことでもいっただろうか。
カミュがおそるおそる自分の言葉を頭の中で反芻している、しかし、特別彼の気に障るようなことを言った覚えはない。
すると、シェゾが何かを言いかけて、飲み込んで、それから左手で目頭を押さえながら震える声で言った。
「今。なんて?」
「…、ゆっくり行こう?」
「そのあと、遺跡の名前」
「アレクド遺跡?」
言ってから、そういえば目的地の話はいしてなかったことを思い出す。あくまで最終目的地は「薬草」なので、遺跡については割愛したのだ。
そこで改めて、カミュもシェゾの言わんとしていることを理解した。
「……ひょっとして」
「…………ある」
その解答は本当に簡単な一言だったが、すでに予想を立てているカミュにとっては十分な解答だった。十分過ぎた。そして同時に顔が引きつった。
依頼書の文面を思い出す。依頼書に書いたのは、「薬草の採取間、および道中の護衛」である。それが「どこの遺跡に生えているものか」の記載はしていなかった。
道順を説明したときも、旅の準備をした町から遺跡までの道中の説明だ。たしかその町と、シェゾの住まいとは遺跡から見て逆方向になる。
だから、シェゾも、見落としたのだろう。
其処が、彼の知っている遺跡であるということを。
「すまん、本当にすまん」
とりあえずカミュは何かを言う言われる前に謝っておくことにした。今回は完全にこちらの落ち度だ。なまじ自分が知っていることだから説明を忘れた。
もっとも、もう一つの要因として、シェゾが空間転移に頼りすぎるあまりに町と遺跡の位置関係を把握しきっていなかったというものもあるが。
「お、まえ、な…」
「いや、本当、悪かったって」
シェゾが行ったことのある遺跡なら何もこんな歩いていく必要もない、それこそ空間転移でいけばいいのだ。完全に無駄にした時間、その事実に一瞬の沈黙。こんなところでやれ速度が速いだ二人乗りだなんだという話をする必要はなかった。
カミュは瞳を伏せる。シェゾが眼頭の手を口元に下ろし。
「………」
「…………ぶっ」
その事実が、あまりにもあほらしくて、思わず噴き出した。
「ちょ、今吹いただろお前っ」
「な、俺じゃねぇよお前だろ!」
「いや、俺じゃ、なっ……くっ」
「………はっ」
そしてどちらともない息使いをきっかけに、気がついたら、二人して笑い出してしまっていた。
何がそんなにおかしいのかはわからない、わからないが、それがよけいにおかしかった。こういう笑いは一度出るとなかなか止まらないものである。
結局笑いが収まるまで男二人で道端で笑うという妙な光景になってしまったわけだが、その違和感で笑いが止まるわけもない。これだけ集中力が左右していたら、空間転移した方がいいとわかっていてもそれができるわけもない。お前が悪いだなんだ言い合いながらもとりあえず歩みは進める。
何より落ち度は落ち度であるのだが、カミュにしてみれば、逆にありがたい展開とも言えた。時間こそロスはしたものの、気まずさはとりあえずなくなったわけであるから。
いくらシェゾのほうが優秀な魔導師、正式な依頼書によるものだとはいえ、護衛と依頼者の間に壁があるとやりにくいのはいなめない。
ましてやあまり良くない噂の絶えない闇の魔導師である。いくら後輩が恐くないだと言っていても、悪評が消えるわけでもなく、同時に同じ知人からやれネクラだのやれヘンタイだのという良くない評判も入ってくるわけだし。
とはいえ。
「…あー、…じゃあ、いくか」
「…おう」
ひとしきり笑いあってから三度視線を空に向ける。
あまりにもすがすがしい空に無駄に気持も楽しくなるのを覚えて、カミュが視線を戻すと、シェゾの瞳も同じ色をしていたことに気がついた。
案外、彼自身もこんな空みたいにすがすがしいものなのかもしれない、そんな錯覚を覚えながらシェゾに声をかける。
言えばおさまりきっていない笑みを、うっすらと浮かべたシェゾが、静かに手を伸ばした。同時転移のための接触であるとわかっていたが、その動作が無駄に綺麗なもので、言うなれば馬車の下から手を伸ばす王子様のような流れる動きだったので、そして同時に自分がそれに相対する立場であることに気づいて一瞬だけ、カミュは動くのに戸惑う。
すぐに変なことを考えている頭にばかばかしさを覚えて、カミュは先に魔導を解除して、地に足をつけてからその手を取った。
距離と人数が増えるほど空間転移は難度が上がる。その際に他の魔導を同時に展開していると変な干渉をおこして失敗する恐れがあるからだ。
特別何も指示しなくとも理解をしている、その動作に満足したのか、シェゾは笑みを深めると詠唱に入った。
その詠唱を妨害しないよう、じっと見送りながら、カミュはまた考える。
彼は、なんというか、非常にもったいない人なのではないだろうかと。
アルルは「黙っていればいい男」と、言っていたが、むしろ。
なまじ「いい男」な分、その他の行動も「完璧」なものが期待されてしまうのではないだろうか。そんなことをぼんやりと考える。
しかし所詮は想像である。カミュは視界が暗転するのにそっと、眼を伏せた。
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カミュとシェゾが仲良くなるまで。というかカミュがシェゾを警戒対象から外すまでというか。
カミュ先輩は結構現実主義というか、理想より現実を見るタイプな人な気がするので、友人(アルル)の知り合いっていうだけではシェゾを評価しないといいなっていうか!
というか、実は割と大半の人が、「アルル」を通じてシェゾを知っていると思うのです。そうするとやっぱりどうしてもアルルからの先入観がはいてしまう。私的にはそれがシェゾが「ヘンタイ」と呼ばれるゆえんなんだじゃないかとも思ってるんですが。
アルルとシェゾだとどうしてもアルルの方が親しみやすい。ましてやシェゾの見た目だとどうしても人は第一印象的には一歩置いてしまう感じ。
きれいすぎると近寄りがたいのは人間の心理。
そしてしかしそこで親しみやすいアルルが「変態」というものから「この人は顔はいいけど変態」という先入観が植え付けられてしまうのではないかなぁと思ったり。
そしてその変態だという「親しみやすさ」が「近寄りがたい」という印象を消してくれるからみんなヘンタイだというわけですね。
そうすることによって近寄りがたい人を自分の近しい人だと置き換えることができるという人間の心理を巧みに突いた現象(?)
しかしカミュ先輩の場合は、なまじ他のキャラより魔導知識があるものだから「闇の魔導師」というもっとどす黒い前情報も持っているので、ただの「ヘンタイ」「ヘンな人」とかとはやっぱりちょっと触れかたが変わってくるといいなっていう。
決して安易に親しみやすい雰囲気を抱かないという警戒。
そしてその先入観を消すまでを表現してみたい。
その辺をもっと掘り下げてみればよかったといまさら気づきました。
いやそうだ、後編で補完しよう←。
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